再編集・芸者君香。其の一
◇空いた部屋で
前作「大岡川ラブロマンス」を書き終えて、フッと昨年ご紹介致しました、
「芸者君香」を読み返しておりました。同じ社交界の接客業の芸者君香と、
ホステスアズサが同じ女性の様に思えて成りません。
芸者君香が四十年の時を経てホステスアズサと成って、
私の頭の中に蘇って来た気がしたのです。
最近では『芸者遊び』という言葉を余り聞かなくなりましたが、
私たちが若い頃は、芸者と接触する機会も多く、
『芸者遊び』と言っても、今のキャバクラの様な感覚で、
格別に珍しい遊びではありませんでした。
商売仲間のちょつとした集まりには芸者はつきものでしたし、
高校・大学時代のからの気の合った連中との忘年会や、
同窓会の集まりなどでもまた然りでした。
当時、私の住んでいた界隈は『横浜の日本橋』と呼ばれ、
大小の料亭が十数軒あり芸者置屋もありました。
名妓というような名の通った妓にはお目にかかれませんでしたが、
それでも近在に名が知れ渡った芸者は何人かいたようです。
私の父も相当の遊び人で、私がまだ少年の頃、月のうち何度かは
綺麗どころに送られて帰宅することがあり、彼女たちは賑やかに
喋りながらドヤドヤと座敷に上がり込んで来て、今度は家で宴会の
続きを始める事も珍しくはありませんでした。
そんな事を見て育った私も大学生の頃から既に何人かの芸者とは
顔馴染みになっており、社会に出てからは、彼女たちの中の二、三人と
は寝床を共にする程の懇ろな仲になっていました。
其の中でも君香という妓とは惚れ合ったと言うか、馬が合うと言うのか
一番長い付き合いをしました。
私が君香と初めて出会ったのは、或る年の暮れ、
同業者の有志で開いた忘年会の席上でした。
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その晩、幹事から連絡のあった会場へ出掛けて見ると、
集まった顔ぶれは最初幹事から聞いていた予定よりも人数が減っていて、
僅か十人足らずの極く小人数の集まりで呼んだ芸者の数の方が多いほどでした。
しかも私の親しい顔は殆ど見当たらず、
二、三人を除いては初めて名前を聞く人たちでした。
最初のうちは顔繋ぎと言う事で杯の遣り取りが頻繁でしたが、
やがて会話が途切れがちになり、私の席が白けてくると、
「ねぇ、何か歌いましょうか?」
と、座を取り持つように三味線片手に私の席へやって来たのが君香でした。
彼女はどう見てもまだ二十五歳前後で、姥桜の多い当時の芸者にしては
若手に属する年代に見えました。
当時の芸者は既に日本髪を結っている者は少なく、正月とか、何か特別な
宴席へ出る以外はアップに結ったり、モダンな束髪が多かったのでしたが、
君香も黒髪をアップに結い上げて、抜けるような白い項を見せていました。
容貌は十人並でしたが、大きな目姿に魅力があって、其の上色が白いので、
所謂七難隠すという、それだけでも得をしているような顔立ちでした。
中肉中背で着物姿も良く似合いました。
「(さすらいの唄)歌えるかな?」
私は自分の好きな大正時代に流行った白秋の作詞になる旧い流行歌を、
多分若い彼女は知らないだろうと思いながらリクエストすると、
君香は三味線の糸を合わせていた手を休めて、
驚いたような表情で私を見上げました。
「まぁ、ずいぶん旧い唄を知ってらっしゃるんですね。
その唄、私の父が大好きで、子供の頃からよく聞かされていたんですよ」
と、早速三味線を爪弾きながら、
「行こか戻ろかオーロラの下を、ロシアは北国果て知らず・・・・」
と、惚れ惚れするような美しい澄んだ声で歌い始めました。
それが終わると『芸者ワルツ』とか『すみだ川』と、間を置かずに歌い、
私が歌好きな事を知ると、席に居着いてしまって離れようとしません。
そうなると私の方も何時になく杯を重ねてしまって、つい度を越した感じで、
途中で気分が悪くなってきて、空いた部屋で酔いを覚ます事に成りました。
君香は私に付き添って親切に介抱してくれたばかりか、
「ちょっと休んで気分が良くなったら、私が送って行きますから、これ飲んで横になるといいわ」
蒲団を敷き終えると、そう言って、帳場で貰ってきた白い錠剤の鎮静剤を飲ませ、
横になった私の額に濡れたタオルを当てたりして、甲斐々々しく世話をしてくれるのでした。
それで座敷に戻るのかと思っていると、君香はその後も部屋に居残って、
私の枕元で静かに雑誌か何かを読んでいました。
私は一時間ほどウトウトとまどろんで、何かの物音にふと目を覚ますと、
気分は大分すっきりしていました。
「ああ、すっきりした気分だ。あんた、ずっと此処に居てくれたの?」
「ええ、姉さん方に世話を頼まれたので・・・
それに此処の宴会が終わったら後の予定も無いし・・・」
そう言ってから、君香は急にはにかんだ様な表情をしたかと思うと、
「私、高校生の頃から貴方の事を知っていたのよ」
と、意外な事を話し始めました。
「え?嘘だろう?」
「貴方は知らないと思うけど、
私、高校生の頃貴方の家の近所に住んでたことが在るのよ・・・」
前作「大岡川ラブロマンス」を書き終えて、フッと昨年ご紹介致しました、
「芸者君香」を読み返しておりました。同じ社交界の接客業の芸者君香と、
ホステスアズサが同じ女性の様に思えて成りません。
芸者君香が四十年の時を経てホステスアズサと成って、
私の頭の中に蘇って来た気がしたのです。
最近では『芸者遊び』という言葉を余り聞かなくなりましたが、
私たちが若い頃は、芸者と接触する機会も多く、
『芸者遊び』と言っても、今のキャバクラの様な感覚で、
格別に珍しい遊びではありませんでした。
商売仲間のちょつとした集まりには芸者はつきものでしたし、
高校・大学時代のからの気の合った連中との忘年会や、
同窓会の集まりなどでもまた然りでした。
当時、私の住んでいた界隈は『横浜の日本橋』と呼ばれ、
大小の料亭が十数軒あり芸者置屋もありました。
名妓というような名の通った妓にはお目にかかれませんでしたが、
それでも近在に名が知れ渡った芸者は何人かいたようです。
私の父も相当の遊び人で、私がまだ少年の頃、月のうち何度かは
綺麗どころに送られて帰宅することがあり、彼女たちは賑やかに
喋りながらドヤドヤと座敷に上がり込んで来て、今度は家で宴会の
続きを始める事も珍しくはありませんでした。
そんな事を見て育った私も大学生の頃から既に何人かの芸者とは
顔馴染みになっており、社会に出てからは、彼女たちの中の二、三人と
は寝床を共にする程の懇ろな仲になっていました。
其の中でも君香という妓とは惚れ合ったと言うか、馬が合うと言うのか
一番長い付き合いをしました。
私が君香と初めて出会ったのは、或る年の暮れ、
同業者の有志で開いた忘年会の席上でした。
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その晩、幹事から連絡のあった会場へ出掛けて見ると、
集まった顔ぶれは最初幹事から聞いていた予定よりも人数が減っていて、
僅か十人足らずの極く小人数の集まりで呼んだ芸者の数の方が多いほどでした。
しかも私の親しい顔は殆ど見当たらず、
二、三人を除いては初めて名前を聞く人たちでした。
最初のうちは顔繋ぎと言う事で杯の遣り取りが頻繁でしたが、
やがて会話が途切れがちになり、私の席が白けてくると、
「ねぇ、何か歌いましょうか?」
と、座を取り持つように三味線片手に私の席へやって来たのが君香でした。
彼女はどう見てもまだ二十五歳前後で、姥桜の多い当時の芸者にしては
若手に属する年代に見えました。
当時の芸者は既に日本髪を結っている者は少なく、正月とか、何か特別な
宴席へ出る以外はアップに結ったり、モダンな束髪が多かったのでしたが、
君香も黒髪をアップに結い上げて、抜けるような白い項を見せていました。
容貌は十人並でしたが、大きな目姿に魅力があって、其の上色が白いので、
所謂七難隠すという、それだけでも得をしているような顔立ちでした。
中肉中背で着物姿も良く似合いました。
「(さすらいの唄)歌えるかな?」
私は自分の好きな大正時代に流行った白秋の作詞になる旧い流行歌を、
多分若い彼女は知らないだろうと思いながらリクエストすると、
君香は三味線の糸を合わせていた手を休めて、
驚いたような表情で私を見上げました。
「まぁ、ずいぶん旧い唄を知ってらっしゃるんですね。
その唄、私の父が大好きで、子供の頃からよく聞かされていたんですよ」
と、早速三味線を爪弾きながら、
「行こか戻ろかオーロラの下を、ロシアは北国果て知らず・・・・」
と、惚れ惚れするような美しい澄んだ声で歌い始めました。
それが終わると『芸者ワルツ』とか『すみだ川』と、間を置かずに歌い、
私が歌好きな事を知ると、席に居着いてしまって離れようとしません。
そうなると私の方も何時になく杯を重ねてしまって、つい度を越した感じで、
途中で気分が悪くなってきて、空いた部屋で酔いを覚ます事に成りました。
君香は私に付き添って親切に介抱してくれたばかりか、
「ちょっと休んで気分が良くなったら、私が送って行きますから、これ飲んで横になるといいわ」
蒲団を敷き終えると、そう言って、帳場で貰ってきた白い錠剤の鎮静剤を飲ませ、
横になった私の額に濡れたタオルを当てたりして、甲斐々々しく世話をしてくれるのでした。
それで座敷に戻るのかと思っていると、君香はその後も部屋に居残って、
私の枕元で静かに雑誌か何かを読んでいました。
私は一時間ほどウトウトとまどろんで、何かの物音にふと目を覚ますと、
気分は大分すっきりしていました。
「ああ、すっきりした気分だ。あんた、ずっと此処に居てくれたの?」
「ええ、姉さん方に世話を頼まれたので・・・
それに此処の宴会が終わったら後の予定も無いし・・・」
そう言ってから、君香は急にはにかんだ様な表情をしたかと思うと、
「私、高校生の頃から貴方の事を知っていたのよ」
と、意外な事を話し始めました。
「え?嘘だろう?」
「貴方は知らないと思うけど、
私、高校生の頃貴方の家の近所に住んでたことが在るのよ・・・」
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ご挨拶
Author:万屋 太郎
2006年9月に初稿をUPしてから
早くも14年が経過いたしました。
生まれ育った横浜を離れて6年前の1月に、
静岡県伊東市に移住いたしました。
山あり、湖あり、海あり、の自然環境はバッグンです。
伊東には多くの文人が別荘を持ち、多くの作品を
手がけて居られるようです、私もあやかって、
この自然環境の中での創作活動が出来ればと思っております。
*このサイトは未成年にふさわしくない成人向け
(アダルト)のコンテンツが
含まれています。「アダルト」とは
「ポルノ」のみを指しているのではなく、
社会通念上、
18歳未満の者が閲覧することが
ふさわしくないコンテンツ
全般を指します。
したがって、アダルトコンテンツを
18歳未満の者が閲覧することを
禁止します。
*投稿・御意見・苦情など、何なりとお寄せ下さい。
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