吹雪と共にやってきた女。其の一
◇ワタス死にたい◇
再婚した妻との出会いは、今から15年前の冬のことである。
私は48歳、妻は38歳の時だった。
当時私は東北の小さなローカル線の駅員をしていたが、
寒さに吐く息までが凍えそうな、ある晩のことだった。
最終電車が通り過ぎ、数人の下車した客も吹雪にせかされるように、
改札口を出て家路に向かったと言うのに、
ホームのベンチにはポツンと独りの女が坐っていたのだ。
しかも首をうな垂れ、身じろぎひとつしない。
私は女の酔っ払いかと思い、近付いて声を掛けた。
「お客さん。もし、お客さん・・・どうかしたかね?」
すると、女はまるでスローモーションのビデオのように顔をあげた。
全く見知らぬ女だった。青白い顔色をしていて唇も白かった。
女は全く化粧をしていなかった。それで余計みすぼらしく見えた。
女は私を見ると、すぐに視線を外して前の線路の方に
焦点の定まらないような目を向けた。そして、ポツリと呟いたのだ。
「ワタス、死にたい・・・」と。
「えっ、何だ!?」
これはとんでもない女が駅に降りたものだと私は思った。
女の呟きは真冬の日本海の海のように暗く、真に迫っていたからだ。
私はどうしたものかと途方に暮れたが、とにかく、此の侭放って置く訳にも
いかないと考え、宿直室に引っ張っていった。
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私はストーブをガンガン焚いて部屋を暖めた。
冬場は暖が何よりのもてなしであり、暖かさは人の心をも温かくする。
切羽詰った気持ちも、体が温まると少しは緩むのではないかと私は考えた。
女は黙ってストーブに手をかざしていた。ただ、その面は少しずつ赤味が
増してきたので、私は少し安心した。
私はストーブの上のやかんから、出からしのような番茶を茶碗に注いでやった。
女はそれを掌に包み込んでジッとしていたが、やがて一口啜って、
「あったけェ・・・」と、言った。
それで私は、女がやっと自殺の妄想から解放された気がした。
それから女は私の問いにも、小さな声だったがポツリポツリと答える様になった。
どうやら亭主に新しい女が出来、大立ち回りの喧嘩をしでかした揚げ句の
家出らしかった。
「だったら、この吹雪の中を旅館まで行くのは大変だから、
今夜はここに泊っていけば良い」
私は女が可哀相になってそう言った。
「だども・・・」
「なぁに、当直はワシ独りだでよ、遠慮するこたぁねぇ」
女は深々と頭を下げた。
「そうと決まったら番茶より酒だな。こいつは芯から暖まるでよ」
私は空に成った女の茶碗に一升びんの酒を注ぎ、乾杯をした。
女は酒を口に含むようにしては、チビリチビリ飲んでいたが、
そのうちにほんのり酔ってきたのか、それとも泊めてもらうお礼のつもりか、
自分から身の上話を始めた。
亭主と言うのは町の不動産屋ということだった。其の当時45歳、
そして、愛人と言うのは24歳の事務員だと言う。
あまりに若いので、一時的な遊びなのだろうと思っていたら、
その女と一緒になると亭主が言ったという話を小耳に挟んで、
見て見ぬ振りが出来なくなった。
「ワタス、お義母さんと主人の前で問い質した。だども・・・」
亭主は平然と離婚すると言い、姑も亭主に加勢し、
若い女の方が孫が期待出来ると意地悪く笑ったという。
夫婦は姑と同居していたのだそうだ。そして、女は結婚して十年以上経つのに
子宝に恵まれない事で姑にイビられる毎日だったらしい。
まさしく針の筵だったと察せられる。
どうやら、其の事が家出の一番の理由らしかった。
「ワタス、女としては失格です・・・」
女が言って溜め息をついた。その顔があまりに淋しそうだったものだから、
私は女の両肩に手を置いて、
「そんなこと言うもんでない。子供は授からんでも幸せにはなれる」
すると、女が私の胸の中崩れるように倒れ込んで来た。
私は女をギュッと力一杯抱き締めてやった。
女は私の腕の中で体をふるわせ嗚咽していた。
再婚した妻との出会いは、今から15年前の冬のことである。
私は48歳、妻は38歳の時だった。
当時私は東北の小さなローカル線の駅員をしていたが、
寒さに吐く息までが凍えそうな、ある晩のことだった。
最終電車が通り過ぎ、数人の下車した客も吹雪にせかされるように、
改札口を出て家路に向かったと言うのに、
ホームのベンチにはポツンと独りの女が坐っていたのだ。
しかも首をうな垂れ、身じろぎひとつしない。
私は女の酔っ払いかと思い、近付いて声を掛けた。
「お客さん。もし、お客さん・・・どうかしたかね?」
すると、女はまるでスローモーションのビデオのように顔をあげた。
全く見知らぬ女だった。青白い顔色をしていて唇も白かった。
女は全く化粧をしていなかった。それで余計みすぼらしく見えた。
女は私を見ると、すぐに視線を外して前の線路の方に
焦点の定まらないような目を向けた。そして、ポツリと呟いたのだ。
「ワタス、死にたい・・・」と。
「えっ、何だ!?」
これはとんでもない女が駅に降りたものだと私は思った。
女の呟きは真冬の日本海の海のように暗く、真に迫っていたからだ。
私はどうしたものかと途方に暮れたが、とにかく、此の侭放って置く訳にも
いかないと考え、宿直室に引っ張っていった。
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私はストーブをガンガン焚いて部屋を暖めた。
冬場は暖が何よりのもてなしであり、暖かさは人の心をも温かくする。
切羽詰った気持ちも、体が温まると少しは緩むのではないかと私は考えた。
女は黙ってストーブに手をかざしていた。ただ、その面は少しずつ赤味が
増してきたので、私は少し安心した。
私はストーブの上のやかんから、出からしのような番茶を茶碗に注いでやった。
女はそれを掌に包み込んでジッとしていたが、やがて一口啜って、
「あったけェ・・・」と、言った。
それで私は、女がやっと自殺の妄想から解放された気がした。
それから女は私の問いにも、小さな声だったがポツリポツリと答える様になった。
どうやら亭主に新しい女が出来、大立ち回りの喧嘩をしでかした揚げ句の
家出らしかった。
「だったら、この吹雪の中を旅館まで行くのは大変だから、
今夜はここに泊っていけば良い」
私は女が可哀相になってそう言った。
「だども・・・」
「なぁに、当直はワシ独りだでよ、遠慮するこたぁねぇ」
女は深々と頭を下げた。
「そうと決まったら番茶より酒だな。こいつは芯から暖まるでよ」
私は空に成った女の茶碗に一升びんの酒を注ぎ、乾杯をした。
女は酒を口に含むようにしては、チビリチビリ飲んでいたが、
そのうちにほんのり酔ってきたのか、それとも泊めてもらうお礼のつもりか、
自分から身の上話を始めた。
亭主と言うのは町の不動産屋ということだった。其の当時45歳、
そして、愛人と言うのは24歳の事務員だと言う。
あまりに若いので、一時的な遊びなのだろうと思っていたら、
その女と一緒になると亭主が言ったという話を小耳に挟んで、
見て見ぬ振りが出来なくなった。
「ワタス、お義母さんと主人の前で問い質した。だども・・・」
亭主は平然と離婚すると言い、姑も亭主に加勢し、
若い女の方が孫が期待出来ると意地悪く笑ったという。
夫婦は姑と同居していたのだそうだ。そして、女は結婚して十年以上経つのに
子宝に恵まれない事で姑にイビられる毎日だったらしい。
まさしく針の筵だったと察せられる。
どうやら、其の事が家出の一番の理由らしかった。
「ワタス、女としては失格です・・・」
女が言って溜め息をついた。その顔があまりに淋しそうだったものだから、
私は女の両肩に手を置いて、
「そんなこと言うもんでない。子供は授からんでも幸せにはなれる」
すると、女が私の胸の中崩れるように倒れ込んで来た。
私は女をギュッと力一杯抱き締めてやった。
女は私の腕の中で体をふるわせ嗚咽していた。
- 再婚夫婦
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ご挨拶
Author:万屋 太郎
2006年9月に初稿をUPしてから
早くも14年が経過いたしました。
生まれ育った横浜を離れて6年前の1月に、
静岡県伊東市に移住いたしました。
山あり、湖あり、海あり、の自然環境はバッグンです。
伊東には多くの文人が別荘を持ち、多くの作品を
手がけて居られるようです、私もあやかって、
この自然環境の中での創作活動が出来ればと思っております。
*このサイトは未成年にふさわしくない成人向け
(アダルト)のコンテンツが
含まれています。「アダルト」とは
「ポルノ」のみを指しているのではなく、
社会通念上、
18歳未満の者が閲覧することが
ふさわしくないコンテンツ
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