小説・大岡川ラブロマンス。其の八
◇三下り半
柳家の離れ座敷から近くに見える、旭橋の所に大岡川桜祭りに備えて屋形船が停泊していた。
若い船頭と数人の大工が屋根の補修や提灯を取り付けている。
桜が咲くにはまだ一週間程先で有ろうが、夕暮れの太陽が傾く川面はすっかり
春らしくなって来た。アベック組が夕闇を利用してそっと抱き合う下心から、
あっちこっちにボートを浮かべていた。
「いいわねぇ、あたしはあんな楽しい恋愛をしたことが一度もなかったけれど・・・
一度しいさんを誘って見ようかしら」
心の中で呟いているその時、廊下を伝わってくる重い足音がした。
アズサのパトロン湯島であった。
「昨夜は何処で誰と浮気してたんだ!」
部屋に入って来るなり、電柱の様に突っ立って頭の上から怒鳴る湯島に、
「大きなお世話よ、あたしが誰と浮気をしようが、ふン、貴方に関係の無い話だわ」
売り言葉に買い言葉であった。あれだけ頼んで置いた同伴出勤に、
なんの連絡も遣さないでドタキャンするなんて、アズサの面目丸つぶれにしたばかりか、
事もあろうか、自分と言う女がありながら、隣接のライバル店に勤める幸恵を妾に内緒で
囲ったと言われちゃパトロンも何もなかった。
「何ッ!この野郎が・・・それが、それがこのスポンサーに対する態度か!」
目を剝いて床を蹴るのを、
「ふン、スポンサーも無いもんだわ、あたしはねぇ、はばかりさまですが、
貴方の様な道の外れた事をしているスポンサーを貰った覚えはありませんよ、
今日限り貴方との関係は終わりにさせて頂きます、出て行って下さい。」
アズサが座を立とうとすると、急に湯島の方が折れて出た。
「いやに強気じゃないか、幸恵の事を怒っているのか、
あれは確かに俺が悪かった。だからこそ今朝早くから何回も電話してたんだ」
大勢の人間を使っている造船会社の専務である彼は、相手の心を見抜く術を
知っていた。アズサに比べ細かい処に心遣いの出来ない我が侭な幸恵に
毎月のお手当て30万円を渡すのが惜しく成って来たのだった。
しばらく辛抱していたが、アズサの様な心根の優しい女を手放すのが
急に惜しくなり、今朝早くアズサの携帯に電話を掛けた所に着信拒否に合い、
和子の処に電話したところアズサは昨は夜寮に帰っていないと言うのであった。
そうなると男と言うものは不思議なもので、如何してもアズサを離したくないのであった。
会いたくないと言うのを無理やりに今夜柳家に誘ったのである。
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男の方で折れて出ると、女としてこれ以上強気におしまくることは出来なかったが、
「どうせ、何とか花と差し向かいで居たんでしょうから、私の事なんかお忘れに成ったんでしょう」
皮肉を言いながら湯島の顔を覗き込むと、
「何だ、おかしなことを言うね、何の意味だ」
とぼける湯島に、
「ちゃんとあたしはしっているのよ、幸恵さんだけではなく、新橋芸者のうめ子さんも
大森に囲って居ると言うではありませんか」
図星をズバリと差すと、流石の湯島も慌てて目を見張った。
「何だ、知っていたのかお前」
「知っていたも何もないもんだわ、長いことお世話に成りましたが、
今夜かぎりおいとまいたします」
丁寧に頭を下げたアズサは、
「それでは、お体お大事に、うめ子さんを可愛がってやってくださいね」
つと座を立つと、そのまま出口に歩いていこうとした。
すると、湯島が慌ててアズサの手首を掴んだ。
「何だ、お前、それを本気で言っているのか!おいアズサ!」
「何ですか、みっともない!あたしはこれでもお店のNo1ホステスですよ、
パトロンが有りながら、誰かさんみたいにね摘み食い等した事のない女ですよ。
この手を離してください。是からはパトロンでも何でも有りません、
手一つ触らせる女じゃありまん」
ぴしッと男の手を叩くと、其の侭部屋を出て行った。
これ程胸のすく思いをしたことはなかった。
廊下の途中で仲居に会った。怪訝な顔をした仲居が、
「もうお帰りですの?」
と尋ねるのを、アズサは落ち着いた声で、
「えぇ永らくお世話になりました」
アズサは店までブラブラとネオンに照らされた歩道を歩いていた。
大岡川の岸に自然と足が向いた。ボートの浮いているところに近づいたアズサは、
「あの失礼ですがシルバーシャドーのアズサさんじゃありませんか?」
後ろで声がした。
柳家の離れ座敷から近くに見える、旭橋の所に大岡川桜祭りに備えて屋形船が停泊していた。
若い船頭と数人の大工が屋根の補修や提灯を取り付けている。
桜が咲くにはまだ一週間程先で有ろうが、夕暮れの太陽が傾く川面はすっかり
春らしくなって来た。アベック組が夕闇を利用してそっと抱き合う下心から、
あっちこっちにボートを浮かべていた。
「いいわねぇ、あたしはあんな楽しい恋愛をしたことが一度もなかったけれど・・・
一度しいさんを誘って見ようかしら」
心の中で呟いているその時、廊下を伝わってくる重い足音がした。
アズサのパトロン湯島であった。
「昨夜は何処で誰と浮気してたんだ!」
部屋に入って来るなり、電柱の様に突っ立って頭の上から怒鳴る湯島に、
「大きなお世話よ、あたしが誰と浮気をしようが、ふン、貴方に関係の無い話だわ」
売り言葉に買い言葉であった。あれだけ頼んで置いた同伴出勤に、
なんの連絡も遣さないでドタキャンするなんて、アズサの面目丸つぶれにしたばかりか、
事もあろうか、自分と言う女がありながら、隣接のライバル店に勤める幸恵を妾に内緒で
囲ったと言われちゃパトロンも何もなかった。
「何ッ!この野郎が・・・それが、それがこのスポンサーに対する態度か!」
目を剝いて床を蹴るのを、
「ふン、スポンサーも無いもんだわ、あたしはねぇ、はばかりさまですが、
貴方の様な道の外れた事をしているスポンサーを貰った覚えはありませんよ、
今日限り貴方との関係は終わりにさせて頂きます、出て行って下さい。」
アズサが座を立とうとすると、急に湯島の方が折れて出た。
「いやに強気じゃないか、幸恵の事を怒っているのか、
あれは確かに俺が悪かった。だからこそ今朝早くから何回も電話してたんだ」
大勢の人間を使っている造船会社の専務である彼は、相手の心を見抜く術を
知っていた。アズサに比べ細かい処に心遣いの出来ない我が侭な幸恵に
毎月のお手当て30万円を渡すのが惜しく成って来たのだった。
しばらく辛抱していたが、アズサの様な心根の優しい女を手放すのが
急に惜しくなり、今朝早くアズサの携帯に電話を掛けた所に着信拒否に合い、
和子の処に電話したところアズサは昨は夜寮に帰っていないと言うのであった。
そうなると男と言うものは不思議なもので、如何してもアズサを離したくないのであった。
会いたくないと言うのを無理やりに今夜柳家に誘ったのである。
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男の方で折れて出ると、女としてこれ以上強気におしまくることは出来なかったが、
「どうせ、何とか花と差し向かいで居たんでしょうから、私の事なんかお忘れに成ったんでしょう」
皮肉を言いながら湯島の顔を覗き込むと、
「何だ、おかしなことを言うね、何の意味だ」
とぼける湯島に、
「ちゃんとあたしはしっているのよ、幸恵さんだけではなく、新橋芸者のうめ子さんも
大森に囲って居ると言うではありませんか」
図星をズバリと差すと、流石の湯島も慌てて目を見張った。
「何だ、知っていたのかお前」
「知っていたも何もないもんだわ、長いことお世話に成りましたが、
今夜かぎりおいとまいたします」
丁寧に頭を下げたアズサは、
「それでは、お体お大事に、うめ子さんを可愛がってやってくださいね」
つと座を立つと、そのまま出口に歩いていこうとした。
すると、湯島が慌ててアズサの手首を掴んだ。
「何だ、お前、それを本気で言っているのか!おいアズサ!」
「何ですか、みっともない!あたしはこれでもお店のNo1ホステスですよ、
パトロンが有りながら、誰かさんみたいにね摘み食い等した事のない女ですよ。
この手を離してください。是からはパトロンでも何でも有りません、
手一つ触らせる女じゃありまん」
ぴしッと男の手を叩くと、其の侭部屋を出て行った。
これ程胸のすく思いをしたことはなかった。
廊下の途中で仲居に会った。怪訝な顔をした仲居が、
「もうお帰りですの?」
と尋ねるのを、アズサは落ち着いた声で、
「えぇ永らくお世話になりました」
アズサは店までブラブラとネオンに照らされた歩道を歩いていた。
大岡川の岸に自然と足が向いた。ボートの浮いているところに近づいたアズサは、
「あの失礼ですがシルバーシャドーのアズサさんじゃありませんか?」
後ろで声がした。
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ご挨拶
Author:万屋 太郎
2006年9月に初稿をUPしてから
早くも14年が経過いたしました。
生まれ育った横浜を離れて6年前の1月に、
静岡県伊東市に移住いたしました。
山あり、湖あり、海あり、の自然環境はバッグンです。
伊東には多くの文人が別荘を持ち、多くの作品を
手がけて居られるようです、私もあやかって、
この自然環境の中での創作活動が出来ればと思っております。
*このサイトは未成年にふさわしくない成人向け
(アダルト)のコンテンツが
含まれています。「アダルト」とは
「ポルノ」のみを指しているのではなく、
社会通念上、
18歳未満の者が閲覧することが
ふさわしくないコンテンツ
全般を指します。
したがって、アダルトコンテンツを
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禁止します。
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